腹腔鏡下スリーブバイパス術の新たな術式
減量・代謝改善手術は、食事、運動ならびに薬物療法で効果が少ない肥満症患者さんに対する有効な治療として世界中で広く行われています。
手術の方法には複数のものがあり、患者さんの病態やリスク、外科医師の習熟度などに応じて、最適と考えられる術式が選択されます。何らかの方法で胃容量を小さくすることは全ての術式に共通しており、それに小腸バイパスを付加するかしないか、どのような形でバイパスするかにより、術式にバリエーションが生じます。
2024年度の診療報酬改定により、「バイパス術を併置するスリーブ状胃切除」(スリーブ・プラス)が新たに保険収載されました。
スリーブ・プラスには複数の術式がありますが、効果と安全性の観点から、当院ではこれまで行ってきた腹腔鏡下スリーブ+十二指腸空腸バイパス術(従来のスリーブバイパス術)に加えて、以下のスリーブ・プラスを新たに提供します。
腹腔鏡下単吻合胃管・空腸バイパス術
Laparoscopic Single Anastomosis Sleeve Jejunal bypass (SAS-J/サスジェーと呼びます)
手術方法
SAS-Jでは、スリーブ状胃切除を行った後、トライツ靭帯(小腸起始部)から250-300cmの小腸(空腸)と胃管を吻合します。従来のスリーブ・バイパス術との大きな違いは、十二指腸を離断しないこと、胃に小腸を吻合することです。そのため、食事の通り道が2つあることとなります
効果
海外からの報告によると、腹腔鏡下スリーブ・バイパス術と同程度の体重減少効果ならびに肥満関連疾患(糖尿病、高血圧、脂質異常)の改善効果、安全性が報告されています 1) 。
※参考文献
1) Sewefy AM, et al. Single anastomosis sleeve jejunal (SAS-J) bypass as a treatment for morbid obesity, technique and review of 1986 cases and 6 Years follow-up. Retrospective cohort. Int J Surg 2022
特徴
本手術の長所として、十二指腸を離断しないため、術後も十二指腸や胆管に通常の内視鏡でアクセスすることが出来ます。このことは、例えば十二指腸に何らかの病変(ポリープなど)があり、術後も定期的な内視鏡観察が望ましい方や、術後に胆管結石が発生した場合に内視鏡処置が行いやすいという利点があります。十二指腸を離断しないため手術のリスクも少ないと考えられています。
栄養面では、十二指腸~上部小腸(空腸)を食物が通過するため、同部で主に吸収される栄養素(鉄、カルシウム、葉酸、ビタミンB類など)の欠乏リスクが少なくなると予想されます。また、シンプルな術式であるため、再手術によりバイパスを伴わないスリーブ状胃切除術に戻したり、他の術式に変更したりすることが可能となります。
一方、短所としては、胃管内に胆汁が逆流する可能性がある(それを極力減らすために手術手技を工夫しています)こと、吻合部潰瘍の発生リスクがあることなどが挙げられます。
また食事の通る経路が2つあることにより、十二指腸に流れる量とバイパスをした小腸に流れる量が人によって若干違うということがあります。一般的には食事の2割が十二指腸側に、8割がバイパスをした小腸に流れると言われていますが、胃や十二指腸の形、機能によって個人差があります。そのため従来のスリーブバイパス術ほど効果が一定しない可能性があります。
また食べ物が一気に小腸に入ると生じるダンピング症候群が従来のスリーブバイパス術よりも多くなる可能性などがあります。
保険手術の適応
2024年6月からスリーブ状胃切除にバイパス術を伴う術式が保険適用の対象となりました。腹腔鏡下スリーブ+バイパス術を5例以上術者として行っている常勤の外科医が在籍している施設でのみ、保険適応が認められます。
(適応基準)
・BMI 35以上
・6ヶ月以上の内科的治療を継続している
・糖尿病を合併している