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​糖尿病と減量手術

肥満と肥満に伴う合併疾患

減量手術は体重を落とすだけではなく、肥満にともなう合併疾患に対する改善効果がとても高いことが知られています。肥満は多くの疾患の原因・リスクファクターであることが判っています。これだけのリスクを同時に抱えているため、肥満者が非肥満者と比べて寿命が短いのは容易に想像ができます。減量手術後には、超過体重減少率にして45~70%程度の大幅な減量が得られ、その減量効果は長期間持続するため、これら合併疾患の多くが劇的に改善します。高血圧に対して降圧剤、糖尿病に対して血糖降下剤やインスリン、膝関節痛に対して痛み止めといった具合に、それぞれの合併疾患に対して、個別に対処する従来治療とはコンセプトが全く異なります。

代表的な肥満関連疾患

肥満度と寿命について
(Fontaine KR et al. JAMA. 2003 より引用)

糖尿病患者は急増している

肥満関連疾患の中でも糖尿病(2型糖尿病)は特に深刻です。日本の糖尿病患者数は、平成28年度の厚労省のデータによると、糖尿病が強く疑われる者は約1,000万人と推計され、平成9年以降増加しているそうです。この背景として、遺伝的因子と環境的因子が挙げられます。欧米人と比べて日本人は、インスリン(膵臓から分泌される血糖値を下げる働きをするホルモン)を分泌する能力が低く糖尿病発生リスクが高いことがわかっています。そこに、生活様式の変化(高脂肪食の過剰摂取、運動不足など)に伴って肥満が増加しました。肥満者ではインスリン抵抗性により体内で分泌されるインスリンの効きが悪くなるため、糖尿病発症の引き金となります。

糖尿病だと何が困るの?

糖尿病は、「インスリン作用の不足による慢性高血糖を主徴とし、種々の特徴的な代謝異常を伴う疾患群」と定義されています。一般に、よほどの高血糖にならない限り、ただ血糖値が高いだけでは自覚症状として何も出てきません。痛くもかゆくもありません。仕事は通常通りにこなすことができ、食事も自由に楽しめます。そのため、すぐに病院に行って治療を受けようという気になかなかなれないという方が多いようです。糖尿病はサイレント・キラー(沈黙の暗殺者)と呼ばれています。治療をせずに放置しておくと、知らない間に糖尿病の合併症が進行して、いつしか取り返しのつかない状態を招きます。

糖尿病の合併症

糖尿病の合併症には大きく分けて、細小血管障害と大血管障害があります。細小血管障害とは毛細血管を中心に生じる障害で、網膜症、腎症、神経障害がこれに該当します(糖尿病の3大合併症と呼ばれます)。

一方、大血管障害とは、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症など、比較的大きな血管に起こる合併症で、動脈硬化が深く関与しています。

2型糖尿病では、予備群と言われる時期から動脈硬化が進んでいます。糖尿病と診断されても自覚症状がないからと治療を怠れば、多くの場合、10年前後で神経障害・網膜症・腎症を発症します。一方、適切な血糖コントロールが行われれば、普通の人とほとんど変わらない生活を送ることができます。従って、糖尿病の治療では、できるだけ初期の段階から良好な血糖コントロールを維持することが大血管障害や細小血管障害といった糖尿病合併症のリスクを回避する上でとても重要です。

神経障害の症状

適切な血糖コントロールとは

過去に行われた大規模臨床試験の結果から、血管合併症の発症・進展を抑制するためには、ヘモグロビンA1c(過去2-3ヶ月の慢性的血糖レベルを反映する指標)を少なくとも6.5%未満に維持することが望ましいとされています。糖尿病治療の中心は、運動療法、食事療法といった生活習慣の改善に、薬物療法(経口血糖降下薬やインスリンなど)を組み合わせた、いわゆる内科治療であることはご存知のことと思います。しかしながら、内科的アプローチでは十分な血糖コントロールが得られない患者さまが少なからず存在することも事実です。糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)が2007年に報告した、2型糖尿病患者の治療実態に関する論文からの抜粋です。JDDMのデータベースは72の糖尿病専門施設で治療が行われた約75000名の糖尿病患者さまの治療経過が登録されている日本最大のデータベースです。日本の糖尿病治療の実態がかなり反映されているものと考えられます。これによると、解析対象となった35404名の患者さまのうち、内科治療開始後1年目の時点で、ヘモグロビンA1cが6.5%未満にコントロールされていたのは全体のわずか34.1%でした。単純に考えると、残りの65.9%の患者さまは、このままの治療を続けたとしても、合併症の発症・進展が抑制できないということになります。インスリンと飲み薬(経口血糖降下剤)の両方を併用して治療が行われた比較的重症の患者さまに至っては、全体の13.6%しかヘモグロビンA1c 6.5%未満が達成されていませんでした。糖尿病に対する薬物療法が近年、確実に進歩していることは間違いありませんが、現行の内科治療が十分である、とは言えない状態にあります。

治療法別ヘモグロビンA1c値コントロール分布と6.5%未満の患者割合
(注:OHAは経口血糖降下剤(飲み薬)を指す)

減量手術の糖尿病に対する効果

減量手術は肥満にともなう合併疾患に対しても効果がありますが、中でも糖尿病に対する効果は特に高いことが判っています。2型糖尿病に関して、海外の大規模なメタ解析(関連する多くの報告や成績をまとめたもの)によると、手術前に糖尿病を合併していた患者さまの86.0%において明らかな改善が得られ、76.8%において糖尿病の治癒が得られたと報告されています。ここでいう“治癒”とは、糖尿病に対する薬剤投与が不要になり、血液データが正常値化した状態を指します(臨床的寛解)。

手術でどうして糖尿病がよくなるの

手術にはいくつかの方法(術式)があります。特に小腸のバイパスを伴う術式(ルーワイ胃バイパス術/スリーブ・バイパス術)では、糖尿病改善効果が特に高いことが判っています。手術前には血糖コントロールのために大量の経口血糖降下剤やインスリンが必要であった大部分の患者さまにおいて、バイパス手術後では速やか(多くは数日以内)に血糖値が安定化します。術後数日は、手術による体重減少効果が表れる前です。体重減少に伴って二次的にインスリンの効きが良くなり(インスリン抵抗性の改善)、糖尿病が改善しているというよりは、バイパス手術自体に血糖をコントロールさせる直接効果があると考えられています。バイパス手術により、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の分泌を促進させる作用のあるホルモン(インクレチン)が分泌されることが中心的な働きをしていると考えられています。

日本人の肥満2型糖尿病症例に対する我々の成績

私たちは比較的重症の2型糖尿病合併症例(インスリンの治療中、糖尿病罹病期間が長い、Cペプチド基礎値が低い、経口ブドウ糖負荷試験にてインスリン初期分泌の低下など)を中心に、バイパス手術の一つである腹腔鏡下スリーブ・バイパス術を行っています。ヘモグロビンA1cと空腹時血糖値の推移は、術前の平均ヘモグロビンA1c値は8.8±2.6%、平均空腹時血糖値は234±107mg/dlと異常高値でしたが、いずれも術後数ヶ月の間に、急速な改善が得られました。この結果、91%の症例において糖尿病の治癒(臨床的寛解)が、残りの9%についても、明らかな改善が得られたことから、腹腔鏡下スリーブ・バイパス術は日本人の肥満2型糖尿病症例に対して、すぐれた糖尿病改善効果があるものと考えられます。

術前糖尿病合併症例に対する腹腔鏡下スリーブ・バイパス術後のHbA1cと空腹時血糖値の推移

おわりに

ADA(米国糖尿病協会)は2009年のガイドライン(Clinical Practice Recommendations)において、内科的コントロールが困難な肥満2型糖尿病症例(BMI 35kg/㎡以上)に対しては外科治療を考慮するべきであるとの声明を出しました。また、Diabetes Surgery Summit(糖尿病手術会議)においても同様の声明を出しています(BMI 35kg/㎡以上は“考慮するべき”、BMI 30kg/㎡以上は“妥当である”と表現されています)。ACMOMS(Asian Consensus Meeting on Metabolic Surgery:代謝手術に関するアジア会議)でも同様の声明が出されています。今後、2型糖尿病に対する治療選択肢の一つとして、外科治療の必要性・重要性が世界的に高まっていくものと予想されます。一方、日本では、外科手術が糖尿病に対する極めて効果的な治療であるとの考え方はまだまだ広く受け入れられておらず、欧米と日本とではかなりの温度差があります。日本人の2型糖尿病は欧米人と比較して、いくつか異なった特徴があるため、治療には十分な知識と技術はもちろん、細心の注意が必要であることは言うまでもありません。日本人における治療成績を積み重ねてゆくことも必要で、私たちも努力を続けています。患者さまが本来、体に備えている生理的なインスリン分泌能を刺激することによって糖尿病の改善を図るというコンセプトの外科手術は、今後、日本においても重要な治療選択肢の一つになるものと考えられます。