患者さまの手記

胃バイパス術(30代 女性)

 お天気は、これからの入院生活を祝福するかのような大雨。その中を、付き添いの母と二人で荷物を持って病院まで歩く。ホテルから病院まで約10分、既にビショビショだ。日曜日だったため、玄関脇にある時間外用のドアから入る。警備室のおじさんが丁寧に対応してくれた。1週間前に麻酔科の検査のために、初めて来院した時から思ってはいたが、病院というより高級ホテルのような感じである。普通は「入院、そして手術」だなんて暗くて重い気持ちになるのだろうが、まるで、高級ホテルで非日常の贅沢を楽しみに来たかのよう。典型的な田舎者の母はホテルであろうが病院であろうが緊張していたが。

 特に高級ホテルを思わせるのは、先生方や看護師さん、スタッフの方々も対応が全くもってスマートであること。病院嫌いな私が持つイメージは、建物全体にどことなく消毒液の臭い、高圧的な話口調の医者、事務的な対応しかしてくれない看護婦、などのイヤなものしかなかったのだが、それが全くない。

 そんな昔の病院にだってテレビはあったのだろうが、ここの病院はなんとテレビ画面自体がタッチパネルになっていて、わざわざ自分のパソコンを持ち込まなくてもインターネットができちゃうのだ。これは、仕事でもプライベートでも、1日中、ネットの海で泳いでいる私にとっては感激ものである。早速、病室から友達にメールを送り、ネットでニュースを読む。

 手術前日。お昼と夜は普通に食べて大丈夫である。さすがはミクニマンスール。期待以上の病院食だ。こじゃれた器に、綺麗な盛付け。太った私にはちょっぴり量は少ないけれども、味は皆様のご想像通りである。だが、ここで感動は終わらないのだ。このミクニマンスールが本領を発揮するのは、これから。

 さて、21時以降は翌日の手術に備えて、いっさいの飲食が禁止となる。が、その前に脱水症状にならないように水分を小さいペットボトル2本分飲んでおく。これが重要なのかもしれない。おかげで手術後も喉が乾いてしかたがない、という状態には陥らなかったのだから。

 さて、日付変わって、手術の当日。手術自体は昼からなので、朝は特に何をすることもない。今更になって、心配性の母が聞く。「あんた、心配じゃないの?」  私が言う。「何で? 心配なんかしてないよ」 母は呆れたように言う。「よっぽど先生のこと信頼してるんだね」 そう。先生も一流なら、病院だって最高だ。看護師さん達もみんな優しくて親切だ。年齢が近いってこともあるのだろうが、みんな親しくしてくれる。一体、何を心配することがあろうか。

 術前の点滴をされて、ようやく手術室まで移動。もちろん普通に歩いてである。手術室は患者をリラックスさせるために、綺麗なコスモスの花の写真が大きく壁の上方に貼ってある。前もって、好きなCDを持ってくるように言われていたが、私の好きな音楽はかなり音が激しいため止めておいた。その代わり有線で音楽を流してくれ、「こんな感じの音楽で良いですか?」と確認までしてくれる。ギリギリまで眼鏡をかけていられるので、自分がこれからお世話になる先生方や看護師の皆さんの顔だって見渡せる。まさに、至れり尽くせり、だ。

 前週にお世話になった麻酔科の先生がいらして、背中から麻酔を入れてもらう。その後、上向けに寝た状態で、いよいよ始まる。ふと気になって看護師さんに尋ねた。「麻酔はマスクからガスが出てくるの?」 答えはNO。

 点滴で行うため、意識のある間はマスクは付けない。10数年前に急性虫垂炎の手術を受けたときはマスクから麻酔ガスが出てきて、それを吸い込んだと同時に意識がなくなるのがハッキリわかるという経験をしたのだが、今回は点滴だったため、いつ寝てしまったのかは全く覚えていない。

 気が付くと、すでに回復室。虫垂炎の時は切った部分がとにかく痛くて、痛みで目が醒めたものだったが、今回は先生や母の声で目が醒めた。痛みは感じない。残念ながら眼鏡は取ったままだったので、先生方や看護師さん、母の姿は見えない。なんとなく意識は霞がかっていたが、声はハッキリ聞こえた。

 意識が醒めたことで安心して、そのまま母は帰ってしまった。まぁ心配性の母に「大丈夫? 大丈夫?」などと繰り返されるのはウンザリなので、ちょうど良い。正直言って、自分のことより、田舎者の母が東京から1人で家まで帰れるのか心配なくらいだった。

 回復室で1晩過ごす。寝てはいるものの、意識がハッキリしてからは、とにかく暑くて仕方がない。しかし、先にも書いたが、虫垂炎の時は麻酔から醒めた後は、手術痕が痛くて痛くて、暑さや寒さなんて感じる余裕もなく地獄のようだった。手術前の腹痛よりも、傷の痛みの方がよっぽど激しくて、空気ですら動くな!と思ったものだ。それから考えたら、贅沢な悩みだよなぁと思いつつも、あまりの暑さにナースコールはどこだ?と探していると、ちょうど先生が様子を見に来てくれた。必死で「氷枕欲しい!」と伝える。すぐに頭と脇の下、そして足の付け根用に氷枕を入れてもらえたのがとっても有り難かった。

 しかし、ひとつが解決すると、また、ひとつ問題があがってくるものだ。今度は伸びきった腰が痛いのだ。そのことを訴えると、看護師さんがバスタオルをたたんで背中に入れてくれたため、すぐに解消された。それからはすこぶる快適でスースー寝られた。

 が、ひとつだけ。エコノミー症候群にならないよう、サポーター靴下の上から、ポンプのような装置が付けられている。それが一定の時間毎に足の裏に空気圧を与え、血液の循環を促すのである。先生から「どんどん、ごろごろ寝返りを打ってください」とは言われたが、この両足の装置が重かったので上半身しか寝返りできなかったことを追記しておく。

 おかげさまで手術痕の無痛はもちろんのこと、暑さも腰の痛みも解消された後は、元気いっぱいだったので、次の日の朝早くには病室に戻れてしまった。引き続き、点滴は受けてはいるが、手術室に行ったときと同じく、自分の足で病室まで戻る。と言っても、手術室と違って、回復室から病室まではほんのわずかな距離なのだが。

 その後、病室では特に何の制限もない。傷が小さいから、シャワーだって点滴さえなくなれば全く問題ないのだ。前回の手術の時には、傷が幅10センチ位だったため、シャワーなどもってのほかで、頭がかゆくて仕方なかったことを思い出す。

 この病院の唯一の良かったところは場所が家から徒歩5分だったので、親に頼んで、すぐに洗い流す必要のないシャンプーを持ってきてもらえたことだけ。でも、四谷メディカルキューブなら全ての部屋が個室でトイレもシャワーも付いているので安心だ。昔の病院のように直前まで誰が使ったかもわからないお風呂につからないといけない心配もない。もちろん、足が重い装置から解放された今では、ごろごろ寝返りだって自由自在である。

 そして手術の次の日からは早速ステージⅠとして水分を中心とした食事が出る。ここで前述のミクニマンスールの本領が存分に発揮されるのだ。水に加えて、薄い味噌汁、水分補給用ゼリー、100%ジュース、ビタミン補給用ジュース、など。え、こんなに食べちゃって大丈夫なの?という位、これでもかと出てくる。薄い味噌汁とあるが、大豆からとったプロテインが溶けているせいか、薄いとは感じさせずにとても美味しい。味もさることながら、量も予想を裏切る。朝昼夕食以外に、おやつが出てくるのだ。当然、ゼリーなどではあるけれども。

 特筆すべきはコンソメスープである。私の貧相なイメージでは、どうしても手軽に顆粒を溶かしたものを思い浮かべてしまうのだが、そこはミクニ。見た目のシンプルさに騙されがちだが、牛を長時間煮込んで取ったブイヨンに野菜を加えて煮立て、卵白でアクを取り、漉した上に更に浮いた脂分を取り除く、という非常に手の込んだ一品なのである。ちゃんと牛の味がする! 1ヶ月は肉なんて食べられないと覚悟していただけに、感激もひとしおだった。

 食事スタート初日はうまく行ったのだが、急に2日目になって、水ですら飲んだ直後に吐いてしまう状態になってしまった。先生がおっしゃるには、胃と小腸の吻合部分が腫れているらしい。脱水症状に陥らないために点滴に戻ってしまったこともあって、先生方や看護師さん、栄養士さん、ソーシャルワーカーの皆さんには大変ご心配をおかけした。代わる代わる、何度も様子を見に来ていただき、なんだか申し訳なかった。それでも、次の日の朝にはウソのように回復し、ゼリーだって平気になった私は生来の元気者なのかもしれない。

 そのこともあって予定より1日退院が延びてしまったが、予想していたよりもずっと元気に家路につくことができた。あまりにも普通にシャキシャキと歩いていたため、最寄り駅まで迎えに来ようとしていた家族は間に合わず、行き違いになったくらいである。10日経っても熱がとれず、退院するときも多少フラフラしていた前回の入院生活とは、えらい違いだ。振り返ると、本当に快適で楽しい入院生活だった。普段は仕事で見られない昼ドラなども堪能できたし、まるでリフレッシュ休暇を取ったような気分だ。

 その後、家に帰って3日後には職場復帰もできた。初日の朝は多少フラッともしたが、1時間もすれば平気になった。幸い、のんびりした私にふさわしく、職場も至ってのんびりした環境なので、仕事さえしていれば、3分毎に水を飲もうがゼリーを食べようが紙コップに薄めに作ったインスタントの味噌汁を飲もうが問題はない。それからは、全くの日常生活が帰ってきた。ただし、食事はまだ水分のみだが。仕事帰りに映画を観にも行ったし、買い物にも普通に出かけている。

 おかげさまで、体重も徐々に減り始めた。傷が痛むなどの後遺症も何もない。水も咽を通らないという症状が出ることもない。今までは肉に埋もれて隠れていた顎のラインが日を追う毎にシャープになってくるのをニヤニヤしながら鏡で見るのが毎朝の日課になった。これから、どんな人生が始まるのだろうか。健康でさえあれば、人生はバラ色になるものだ。まことに楽しみである。

 素晴らしい環境で素晴らしい医療を施してくださった四谷メディカルキューブの笠間先生、金平先生、梅澤先生、黒崎先生、浅野先生をはじめ、看護師、栄養士、ソーシャルワーカーの皆さん、そして病院スタッフの全ての方に心から感謝を捧げたいと思う。また、このような脳天気な私の拙い手記でも、これから手術に対して不安を覚えておられる方々にとって、明るい未来への扉を開く鍵とまでは言わない。その鍵を構成するパーツのひとつになれば、と願っている。

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