「減量手術」とは

糖尿病に対する手術

1. 肥満と肥満にともなう合併疾患

 高度肥満症患者さんに対する効果的な減量手段として、主に欧米を中心に発展してきた減量手術ですが、ただ体重を落とすだけではなく、肥満にともなう合併疾患に対する改善効果がとても高いことが知られています。

 肥満にともなう合併疾患とは具体的に何を指すのでしょうか? 代表的な肥満関連疾患を図1に示します。

肥満に伴う合併疾患
図1 代表的な肥満関連疾患

 こんなにあるの? と驚かれた方もおられるかもしれませんが、肥満は多くの疾患の原因・リスクファクターであることが判っています。これだけのリスクを同時に抱えている訳ですから、肥満者が非肥満者と比べて寿命が短いのは容易に想像できますね(図2)。

肥満度と寿命
図2 肥満度と寿命について
(Fontaine KR et al. Years of life lost due to obesity. JAMA 2003; 289: 187-193. より引用)

 減量手術後には、超過体重減少率にして、47.5〜70.1%程度の大幅な減量が得られるのみならず、その減量効果は長期間持続するため、これら合併疾患の多くが劇的に改善します。

 これはまさに、原因である肥満そのものを断っているわけで、高血圧に対して降圧剤、糖尿病に対して血糖降下剤やインスリン、膝関節痛に対して痛み止め…といった具合に、それぞれの合併疾患に対して、個別に対処する従来治療とはコンセプトが全く異なります(勿論、ダイエットなどの内科的減量が上手くいけば、合併疾患に対しても同様の効果が期待出来ますが、内科的減量はリバウンドし易く、減量効果を長期間保てる人はごく少数です)。

2. 糖尿病患者は急増している

 肥満関連疾患の中でも糖尿病(2型糖尿病)は特に深刻です。日本の糖尿病患者数は、過去50年間で30倍以上に増加しており、平成19年度の厚生労働省のデータによると、糖尿病の患者数は890万人、糖尿病の可能性が否定出来ない人は1320万人、合わせて2210万人と推定されています。日本の成人人口が約1億人ですので、4-5人に1人が糖尿病もしくは予備群ということになります。ものすごい数ですね。

 この背景として、遺伝的な因子、すなわち、欧米人と比べて日本人では、インスリン(=血糖値を下げる働きをするホルモン。膵臓から分泌される)を分泌する能力が低い、ということに加えて、環境的な因子、すなわち、生活様式の変化(高脂肪食の過剰摂取、運動不足など)に伴って肥満が増加したことが挙げられます。肥満者ではインスリン抵抗性といって、体内で分泌されるインスリンの効きが悪くなるため、糖尿病発症の引き金となります。

3. 糖尿病だと何が困るの?

 糖尿病は、「インスリン作用の不足による慢性高血糖を主徴とし、種々の特徴的な代謝異常を伴う疾患群」、と定義されています。それでは、糖尿病だと何が困るのでしょうか?

 一般に、よほどの高血糖にならない限り、ただ血糖値が高いだけでは自覚症状としては何も出てきません。痛くもかゆくもありません。仕事も通常通りにこなせますし、食事も自由に楽しめます。そのため、すぐに病院に行って治療を受けよう、という気になかなかなれないという方が多いようです。

 でも、糖尿病がサイレント・キラー(沈黙の暗殺者・・・怖い名前ですね!)と呼ばれることがあることをご存知でしょうか? つまり、糖尿病が怖いのは、治療せずに放置しておくと、知らない間に糖尿病の合併症が進行して、いつしか取り返しのつかない状態を招くことなのです。

4. 糖尿病の合併症

 糖尿病の合併症には大きく分けて、細小血管障害と大血管障害とがあります。細小血管障害とは毛細血管を中心に生じる障害で、網膜症(もうまくしょう)、腎症、神経障害がこれに該当します(糖尿病の3大合併症と呼ばれます)。

A. 網膜症

 網膜(黒目から入った光が像を結ぶところ)の毛細血管に、高血糖による傷害が起こって、出血や虚血(=組織に十分な血液が流入していない状態)を生じ、進展すると、硝子体(しょうしたい)の内部が出血したり、網膜剥離(もうまくはくり)を起こしたりします。 実際、糖尿病が原因で失明する人は年間3000人以上とされ、成人後の失明原因の第2位です(1位は緑内障)。

糖尿病網膜症の発症率
図3 糖尿病網膜症の発症率

B. 腎症

 腎臓で血液をろ過して尿をつくるのは、腎糸球体(じんしきゅうたい)という毛細血管の塊のような組織です。この毛細血管および周辺の組織が高血糖により網膜症と似た傷害を受け、腎機能障害が引き起こされます。初期の段階では無症状ですが、ある程度まで進展すると軽いタンパク尿がみられるようになり、悪化するにしたがって尿中の蛋白量が増加していきます。血液をろ過して尿をつくる腎臓の働きもしだいに低下し、腎不全にまで進展すると血液透析による治療が必要になります。新規血液透析導入の原因疾患の第1位は糖尿病で、医療費の面でも大きな社会問題になっています。詳しくは、減量手術の費用対効果をご参照ください。

C. 神経障害

 高血糖によって引き起こされる神経細胞の代謝障害、および神経細胞に栄養を送る毛細血管の循環障害(細胞に十分な酸素を送れなくなる)などが原因と考えられています。糖尿病患者の40%が何らかの神経障害を持っているといわれています。図4に示した様に、神経障害の症状は多様ですが、感覚神経が傷害を受けると、ケガや火傷などに対する感覚が鈍くなるため感染や壊疽(えそ)が起こる原因となり、手足の切断を余儀なくされることもあります。

神経障害の症状
図4 神経障害の症状

 一方、大血管障害とは、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症など、比較的大きな血管に起こる合併症で、動脈硬化が深く関与しています。実は糖尿病と診断される前(予備群の段階)から食後高血糖が起こっており、動脈硬化が発症・進展していることが判っています。この動脈硬化が脳の血管で進展すると脳梗塞に、心臓に栄養を送る冠動脈で進展すると狭心症や心筋梗塞に、足の血管で進展すると閉塞性動脈硬化症になります。

 糖尿病患者では、非糖尿病患者に比べて脳梗塞が2〜4倍多く、また若い年代で発症することが判っています。また心臓に関しては、神経障害などを伴うため無痛性の心筋梗塞が多くみられ、最近、日本人の発症頻度の上昇が問題となっています。閉塞性動脈硬化症は、健康な人に比べて3倍多く発症します。

 繰り返しになりますが、2型糖尿病では、予備群と言われる時期から動脈硬化が進んでいます。糖尿病と診断されても自覚症状がないからと治療を怠れば、多くの場合、10年前後で神経障害・網膜症・腎症を発症します。一方、適切な血糖コントロールが行われれば、普通の人とほとんど変わらない生活を送ることができます。従って、糖尿病の治療では、できるだけ初期の段階から良好な血糖コントロールを維持することが大血管障害や細小血管障害といった糖尿病合併症のリスクを回避する上でとても重要なのです。

5. 適切な血糖コントロールとは?

 それでは、“適切な血糖コントロール”とは具体的にどのような状態を言うのでしょうか?

 過去に行われた大規模臨床試験の結果から、血管合併症の発症・進展を抑制するためには、ヘモグロビンA1c(過去2-3ヶ月の慢性的血糖レベルを反映する指標)を少なくとも6.5%未満に維持することが望ましいとされています(なお、ヘモグロビンA1cについては、世界の状況に合わせて、現在基準値などを改訂する動きがありますので、ご注意下さい)。

 糖尿病治療の中心は、運動療法、食事療法といった生活習慣の改善に、薬物療法(経口血糖降下薬(飲み薬)やインスリンなど)を組み合わせた、いわゆる内科治療であることはご存知のことと思います。しかしながら、内科的アプローチでは十分な血糖コントロールが得られない患者さんが少なからず存在することも事実です。図5は糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)が2007年に報告した、2型糖尿病患者の治療実態に関する論文からの抜粋です。JDDMのデータベースは72の糖尿病専門施設で治療が行われた約75000名の糖尿病患者さんの治療経過が登録されている、日本最大のデータベースで、日本の糖尿病治療の実態がかなり反映されているものと考えられます。

治療法別ヘモグロビンA1c値コントロール分布と6.5%未満の患者割合
図5 治療法別ヘモグロビンA1c値コントロール分布と6.5%未満の患者割合
(注:OHAは経口血糖降下剤(飲み薬)を指す)

 これによると、解析対象となった35404名の患者さんのうち、内科治療開始後1年目の時点で、ヘモグロビンA1cが6.5%未満にコントロールされていたのは全体のわずか34.1%でした。単純に考えると、残りの65.9%の患者さんは、このままの治療を続けたとしても、合併症の発症・進展が抑制できないということになります。インスリンと飲み薬(経口血糖降下剤)の両方を併用して治療が行われた、比較的重症の患者さんに至っては、全体の13.6%しかヘモグロビンA1c 6.5%未満が達成されていませんでした。糖尿病に対する薬物療法が近年、確実に進歩していることは間違いありませんが、現行の内科治療が十分である、とはとても言えない状態にあることは明らかです。

6. 減量手術の糖尿病に対する効果

 「1. 肥満と肥満にともなう合併疾患」では、減量手術は肥満にともなう合併疾患に対しても効果がある、ということを書きましたが、中でも糖尿病に対する効果は特に高いことが判っています。2型糖尿病に関して、海外の大規模なメタ解析(=関連する多くの報告や成績をまとめたもの)によると、手術前に糖尿病を合併していた患者さんの86.0%において明らかな改善が得られ、76.8%において糖尿病の治癒が得られた、と報告されています。ここでいう“治癒”とは、糖尿病に対する薬剤投与が不要になり、血液データが正常値化した状態を指します(臨床的寛解(かんかい)と呼びます)。

 既存の内科治療の目標(ゴール)は、現状よりも悪くならないように“コントロールする”こと、例えば、糖尿病であれば経口血糖降下剤(飲み薬)やインスリンなどにより、血糖値やヘモグロビンA1cなどのデータが一定範囲内に留まるようにすること、であり、決して“治癒”を目指すものではありません。このことからも、減量手術の驚くべき効果が理解できますね。

7. 手術でどうして糖尿病が良くなるの?

図6に減量手術の糖尿病改善効果を示します。手術にはいくつかの方法(術式)があるのですが、特に小腸のバイパスを伴う術式(図6の右側2種類)では、糖尿病改善効果が特に高いことが判っています。

減量手術の糖尿病改善効果
図6 減量手術の糖尿病改善効果
(Buchwald H et al. Bariatric surgery: A systematic review and meta-analysis JAMA 2004; 292: 1724-1737. より引用)

 手術前には血糖コントロールのために大量の経口血糖降下剤やインスリンが必要であった大部分の患者さんにおいて、バイパス手術後では速やか(多くは数日以内)に血糖値が安定化します。術後数日というのは、手術による体重減少効果が表れる前ですので、体重減少に伴って二次的にインスリンの効きが良くなって(=インスリン抵抗性の改善)、糖尿病が改善しているというよりは、バイパス手術自体に、血糖をコントロールさせる直接効果があると考えられています。

 やや専門的な内容になりますので、詳細は割愛しますが、バイパス手術により、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の分泌を促進させる作用のあるホルモン(インクレチンと呼ばれます)が分泌されることが中心的な働きをしていると考えられています。

8. 日本人の肥満2型糖尿病症例に対する我々の成績

 私たちは、インスリン治療中である、糖尿病罹病期間が長い、Cペプチド基礎値が低い、経口ブドウ糖負荷試験にてインスリン初期分泌が低下しているなど、比較的重症の2型糖尿病合併症例を中心に、バイパス手術の一つである腹腔鏡下スリーブ・バイパス術(Laparoscopic sleeve gastrectomy with duodeno-jejunal bypass: LSGB)を行っています。

 図7にヘモグロビンA1cと空腹時血糖値の術後の推移を示します。術前の平均ヘモグロビンA1c値は8.8±2.6%、平均空腹時血糖値は234±107mg/dlと異常高値でしたが、いずれも術後数ヶ月の間に、急速な改善が得られました。この結果、91%の症例において糖尿病の治癒(臨床的寛解)が、残りの9%についても、明らかな改善が得られたことから、LSGBは日本人の肥満2型糖尿病症例に対して、すぐれた糖尿病改善効果があるものと考えられます。

糖尿病患者に対する腹腔鏡下スリーブバイパス術後のヘモグロビンA1c、空腹時血糖値の推移
図7 術前糖尿病合併症例に対する腹腔鏡下スリーブ・バイパス術後のHbA1cとFBSの推移

9. おわりに

 ADA(米国糖尿病協会)は2009年のガイドライン(Clinical Practice Recommendations)において、内科的コントロールが困難な肥満2型糖尿病症例(BMI 35kg/㎡以上)に対しては、外科治療を考慮するべきである、との声明を出しました。また、Diabetes Surgery Summit(糖尿病手術会議)というグループがあって、やはり同様の声明を出しています(BMI 35kg/㎡以上は“考慮するべき”、BMI 30kg/㎡以上は“妥当である”、と表現されています)。ACMOMS(Asian Consensus Meeting on Metabolic Surgery:代謝手術に関するアジア会議)でも同様の声明が出されています。今後、2型糖尿病に対する治療選択肢の一つとして、外科治療の必要性・重要性が世界的に高まっていくものと予想されます。

一方、日本では、外科手術が糖尿病に対する極めて効果的な治療である、との考え方はまだまだ広く受け入れられておらず(糖尿病を専門に扱っている内科医でさえ、こうした治療の存在を知らない、もしくは、信じようとしないのが現状です。日本における肥満の外科手術が、欧米に比べてまだ非常に少ないために、そもそも医療関係者でも手術に対する知識や情報が乏しいことも、こうしたことの背景にあります)。このように、欧米と日本とではかなりの温度差があります。

 日本人の2型糖尿病は欧米人と比較して、いくつか異なった特徴があるため、治療には十分な知識と技術はもちろん、細心の注意が必要であることは言うまでもありません。日本人における治療成績を積み重ねてゆくことも必要で、私たちも努力を続けています。しかしながら、既存の内科治療だけでは不十分であることは明らかであり、患者さんが本来、体に備えている生理的なインスリン分泌能を刺激することによって糖尿病の改善を図るというコンセプトの外科手術は、今後、日本においても、重要な治療選択肢の一つになるものと考えられます。

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